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zoom RSS 子供の頃に乗った電車

<<   作成日時 : 2013/11/24 12:40   >>

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昭和末期の東京は、古い型式の垢抜けないスタイルの電車が元気よく走り回っていた。学校がお休みになる週末、親戚の家に行くにも、行楽地に行くにも、その古い電車はプラットホームに滑り込んできた。

ペンキ塗りの車体は布張りの深い屋根で覆われ、所々ペンキが剥がれたり煤けていて、ほんのりと機械油の匂いがする。扉も両開きではなく1枚ずつで片側からガラガラと開くようなやつだ。おおむね各駅停車か準急なんかに充てられて、重たげにのっそりとやってくる。
そして、出発する時はガクン!と車体を振るわせた後、ツリカケと呼ばれるモーターをごぅっと唸らせて走るのだ。子供心に見ても、とんでもない骨董品だという事はひと目で判る。きっと何十年にも渡って走り続けてきたのだろう。

当然ながらエアコンなんか付いていない。木製の板張りの床で、バネの利いた座席にはザラリとした質感のモケットが張ってあって、壁板も木製でクリーム色のペンキ塗りだったりする。網棚は金網ではなく本物の網掛けの棚だ。

夏の暑い日は天井の青い扇風機がカラカラと回っていて、ささやかな風を送って来るものの一向に汗は引かない。だから二段窓を開け放って風を取り込んでやる。半分だけ下げたビニル製の陽除けが、それを孕んで大きく膨らみバタバタとたなびく。隣のオジサンが新聞なんぞ読んでいると風でバタつかせてしまうので、まずは配慮してから開けるのが暗黙の礼儀。

木製ラジオのような厳ついスピーカから、くぐもった感じで聞こえる車掌の声。ひとクセある感じが、これまた人間くさくて良い。電車の唸る足音が大きかったりすると聞き逃してしまうので目的地に近くなったら少し注意深く聞くのがコツであり「次だよ」と降りる駅を知らせるのが子供の役目でもあった。

運転席うしろの座席から行く先を眺めるのも楽しかったけれど、いま思えば、古い電車の連結部分にかけての車端の空間も良い佇まいだったと思う。右へ左へ車体をくねらせ、長い吊革をブランコのように揺らせる様は、まさに電車に乗っている感覚だった。最近の電車といえば、どうもこの実感に欠けるので寂しい。ガタンゴトンなんて音もあまり聞かなくなった。車両の性能も軌道状態も格段に向上して滑るように走る。吊革に掴まらなくても大丈夫なほどだ。
液晶パネル付きの自動放送は明瞭だし、エアコンもしっかり効いていて窓を開ける必要もない。そもそも開けられる窓すら限られている。バスもクルマもそうだけど、乗り物に乗っているという感覚は薄れて「横へ移動している」という感覚に近くなったように思える。


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